大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(ネ)4148号 判決

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

平成三年(ネ)第四一四八号事件の控訴費用は被控訴人松田及び同嶋崎の、同第四一九四号事件の控訴費用は控訴人田島の、各負担とする。

なお、原判決主文第一項に引用する別紙物件目録の「別紙第三図面」を「別紙図面」に差し替えにより訂正する。

理由

一  控訴人田島の被控訴人嶋崎及び同松田に対する区分所有建物部分内の工作物撤去・同部分明渡請求について

当裁判所も控訴人田島の被控訴人嶋崎及び同松田に対する右請求は、いずれも理由があるものと判断するが、その理由は以下補足するほか、原判決理由中の第一項及び第二項(原判決七枚目表四行目から同一一枚目表四行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

控訴人田島は、原判決別紙物件目録記載の一棟の建物(宮町マンション)の別紙図面イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イを順次結ぶ直線で囲まれた部分(ハ、ニ、ホ、ヘを結ぶ直線部分は右マンション建物の外壁であり、イ、ロを結ぶ直線部分は右マンション建物の最西端外壁であり、イ、ヘ及びロ、ハを結ぶ各直線部分には遮断物がなくいずれも上方の二階床部分から下方の地上コンクリート敷部分まで吹き抜けとなつている空地部分、以下「本件一階吹き抜け部分」《原判決のいう「本件土地部分」》という。)は、建物の区分所有等に関する法律(以下単に「法」という。)四条一項(但し、昭和五八年法律第五一号による改正後の条項)にいう「法定共用部分」であるところ、被控訴人嶋崎及び同松田は右部分に基礎ブロック等を設置して右共用部分を占有し、区分所有者の共同の利益を害する行為をしているので法五七条により右基礎ブロック等の撤去及び右共用部分の明渡を求め、これに対し、被控訴人嶋崎及び同松田は、右部分は構造上独立した区分所有権の目的となる建物部分であり、被控訴人伊藤がもと所有者萬屋建設から宮町マンションの一階部分の区分所有建物・一〇三号室とともに右部分を買い受け、被控訴人嶋崎は同伊藤からこれを買い受けてその所有権を取得し、被控訴人松田は同嶋崎から一〇三号室とともに右部分を賃借していると主張するので、この点につき、改めて検討する。

1  前記引用に係る原判決認定の事実、《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる(なお、以下「控訴人田島」という場合、宮町マンション自治会の管理者として選任された同自治会会長の田島実を指すものである。)。

(一)  (宮町マンション建築当時の「本件一階吹き抜け部分」の状況等)

(1) 萬屋建設は、昭和四九年一一月宮町マンションの四〇戸の区分所有建物を建築し、同月二七日受付で右各建物について所有権保存登記を経由した。右マンション建築当時、「本件一階吹き抜け部分」はその面積約三〇平方メートルの空地部分であり、下部にはコンクリートが敷かれていた。そして、右吹き抜け部分の別紙図面イ、ロの各点を結ぶ直線上には建物全体を支える柱二本(右イ点とロ点に位置する)の間のマンション建物最西端の外壁(以下「最西端外壁」という。)があり、同図面ハ、ニ、ホ、ヘの各点を結ぶ直線上にはその内側に一〇三号室が位置するマンション建物の西側外壁(以下「西側外壁」という。)があり、上部で空間を遮断するのは右マンション内の二階に位置する二〇三号室の床下部分そのもので、いずれの部分も宮町マンション建物の共用部分に属するものであつた。さらに、右吹き抜け部分の別紙図面ロ、ハの各点を結ぶ直線側(南側)及び同図面イ、ヘの各点を結ぶ直線側(北側)は遮断するものは何もなく、外部からは南側と北側の両側から自由に出入りすることができるいわゆる「吹き抜け」の状態であつた。

(2) 萬屋建設は、昭和四九年末ころから昭和五一年にかけて宮町マンションの四〇戸の区分所有建物のうち一〇三号室を除くその余の三九戸を同マンションの敷地の共有持分権四〇分の一とともに分譲・販売を開始し、昭和五一年末ころまでには右三九戸の建物を完売し、そのころまでに各区分建物所有者に対し、各建物及び前記土地持分についての所有権移転登記を経由した。萬屋建設は、一〇三号室についてはこれを住宅として販売することはなく、対外的には管理人室と呼称して、同社に所有権を留保していたが、実際は管理人は置かれず、空室状態にしていた。

(二)  (宮町マンション分譲後の「本件一階吹き抜け部分」の利用状況等)

(1) 昭和五一年、宮町マンションの前記三九戸の区分建物所有者ら(以下単に「区分建物所有者ら」という。)は法一七条、二七条(但し、昭和五八年法律第五一号による改正前の条項)に基づき、「川口宮町マンション自治会」(以下「自治会」という。)を設立し、「川口宮町マンション自治会規約」を定め、管理者として自治会会長を選任し、同規約の八条において、「本件一階吹き抜け部分」は自治会が管理する共用部分であることを確認し、これを「特定箇所」と呼称して全区分建物所有者に使用権がある旨を確認した。また、萬屋建設もそのころ自治会の要望に応じて自治会に対し右部分が宮町マンションの共用部分であることを確認した。そして、区分建物所有者らは、そのころから右部分を「ピロティ」と呼称して、各自の自転車の置場あるいはマンション南側から北側への通路として使用するようになつた。以来この「ピロティ」の使用は一〇年余り同じ状態で続いた。

(2) 昭和五二年になり、萬屋建設は、宮町マンションの区分所有建物のうち他に分譲せずに自社に所有権を留保していた一〇三号室を売却することにし、同年一二月、被控訴人伊藤に対し右一〇三号室及び宮町マンションの敷地の共有持分権(四〇分の一)を代金一五〇万円で売渡し、これらにつき昭和五三年三月二四日受付で右売買を原因とする所有権移転登記を経由した。右被控訴人伊藤に譲渡した当時の一〇三号室の状況はその構造は宮町マンション建築完成当時のままであり、もとより本件一階吹き抜け部分は右売買の対象とされなかつた。

(3) ところが被控訴人伊藤は、昭和六三年四月ころ不動産業者である訴外株式会社総建(代表取締役市河政彦)を代理人に選任し(以下、「総建」という。)、右総建は、そのころ委任の趣旨に基づき、「〈1〉被控訴人伊藤は宮町マンションの敷地につき他の区分所有者と同じ四〇分の一の共有持分権を有しているのに、一〇三号室の専有面積が一四・五五平方メートルであるのは不平等であり、同被控訴人にも他の区分所有者と同じ三DKの区分所有建物を宮町マンション内に造作所有する権利があるから、本件一階吹き抜け部分に居室を増築することを認めるよう要望する。〈2〉この要望につき何らの回答がない場合は随時右部分に造作工事を行う。」旨記載した文書を作成し、当時の自治会会長や区分建物所有者らに送付した。

そこで、自治会長や区分建物所有者らは、これに対処すべく急遽自治会の臨時集会を開いて対応を協議した結果、被控訴人伊藤の右要望を拒絶することで一致し、「被控訴人伊藤は一〇三号室を専有面積一四・五五平方メートルの建物として購入したものであり、萬屋建設が本件一階吹き抜け部分に増築することを承諾した事実もない。被控訴人伊藤の要望は一方的なもので受け入れることはできない。」旨記載した文書を作成し、被控訴人伊藤代理人総建宛てに送付した。

(4) しかし、総建はなお被控訴人伊藤において本件一階吹き抜け部分に増築する権利がある旨記載した文書を自治会会長宛送付する等して自治会側に増築を認めるよう執拗に要求し続け、これを認めないならば一〇三号室を時価で買い取つて貰いたいと要求した。そして、被控訴人伊藤及び総建は自治会側が右要求に応じないとみるや、昭和六三年一〇月一八日、突如本件一階吹き抜け部分のうち従来通り抜けができた南側と北側にベニヤ・タル木製の外壁を設置し、かつ、北側外壁には木製の戸を取り付けて右戸を閉鎖して、前記別紙図面ハ、ニ、ホ、ヘ線(東側側面)を西側外壁で、イ、ロ線(西側側面)を右マンション建物の最西端外壁でそれぞれ囲まれ、南北に通り抜けができた空間部分を遮断して通り抜けができない状態を作出し、もつて、本件一階吹き抜け部分を占有するに至つた。そして、被控訴人伊藤は右同日一〇三号室増築により床面積が広くなつたとして、表示変更登記を申請し、同年一一月一一日付で宮町マンション(一棟)一階の床面積二八四・二九平方メートルを三一四・五一平方メートルに、一〇三号室の床面積を一四・五五平方メートルから四四・三六平方メートルにする旨の増築による表示変更登記を経由した。

(5) 右被控訴人伊藤の行為に対し、宮町マンション自治会は、平成元年五月三一日原審裁判所に被控訴人伊藤に対して前記外壁の撤去及び本件一階吹き抜け部分の明渡等を求めて本件訴訟を提起した。ところが、本件訴訟が第一審に係属中の平成元年八月二二日、被控訴人嶋崎は同年四月一五日に被控訴人伊藤から一〇三号室を六〇〇万円で買い受け、被控訴人松田は同嶋崎から一〇三号室を賃借したとして、同被控訴人らは本件一階吹き抜け部分に置かれていた区分所有者らの自転車を全て外に出し、前記北側外壁の木製の戸に替えてアルミ枠製ガラス戸を取り付け、これに施錠して、本件一階吹き抜け部分から区分建物所有者らの占有を排除し、単独で同部分を占有してしまつた。そして、被控訴人嶋崎は、同年八月二二日一〇三号室につき同年四月一五日売買を原因として被控訴人伊藤からの所有権移転登記を経由し、さらに、被控訴人嶋崎及び同松田は自治会側の抗議にも拘らず、同月二四日から本件一階吹き抜け部分について造作・内装工事を開始し、右部分の地上に基礎ブロックを設置し、上部に板枠を取り付ける等した。これに対し、自治会側は同月二五日、被控訴人嶋崎及び同松田を相手方として「被控訴人嶋崎及び同松田は本件一階吹き抜け部分に設置されたベニヤ・タル木製外壁の出入口部分に設置したアルミ枠製ガラス戸を撤去しなければならない。同被控訴人らは本件一階吹き抜け部分の造作・内装工事を中止し、これを続行してはならない。同被控訴人らの本件一階吹き抜け部分に対する占有を解いて執行官にその保管を命ずる。執行官は控訴人田島にその使用を許さなければならない。」旨の仮処分(浦和地方裁判所平成元年(ヨ)第四四九号)を原審裁判所に申請し、同裁判所により同月三一日自治会側の前記申請とおりの仮処分決定を受けた。

以上の事実が認められる。

ところで、本件一階吹き抜け部分は、宮町マンション建物のうちの他の区分所有建物と区別されそれ自体が独立の建物としての用途に供することできる外形を有するものではなく、また、利用上も独立していない部分であつて、実際にも、右マンションの建物が完成した昭和四九年当時はもとよりその後の一〇三号室以外の分譲完了当時、さらには昭和五一年の宮町マンション自治会による「ピロティ」と呼称しての使用確認決議当時、さらに昭和五二年末ころの一〇三号室の売却当時においても、自治会の集会で確認された利用方法により建物と建物の間にできた空間部分として、右部分の地上に自転車を置くなどして右マンション各室の区分所有者全員の共用に供せられるべき部分として都合一〇年余利用されてきた。そして、昭和五二年一二月、萬屋建設がそれまで同社に所有権を留保し分譲対象から除外していた同マンション一〇三号室をその敷地の共有持分(四〇分の一)と共に被控訴人伊藤に売却した当時も、本件一階吹き抜け部分の共用部分としての使用状況は従前と変わらない状態であつた。その後被控訴人伊藤が一〇三号室と共に本件一階吹き抜け部分をも萬屋建設から買い受けたと唐突に主張しだしたのは昭和六三年四月になつてからであり、この時期は宮町マンション完成後約一四年も経過しており、また、被控訴人伊藤が一〇三号室の増築名目で本件一階吹き抜け部分の北側と南側の通り抜け可能な部分にベニヤ・タル木等で外部を遮断する壁と戸を取り付けるといつた工事をした時期は同伊藤が一〇三号室とその敷地共有持分を萬屋建設から買い受けこれらにつき所有権移転登記を経由した時期からでも一〇年経過している。そして、昭和六三年に被控訴人伊藤が本件一階吹き抜け部分に総建に依頼して、一〇三号室の増築工事と称する前示規模の設置物を設置させた後の右吹き抜け部分の状態、次いで、本件訴訟が原審に係属中の平成元年八月に被控訴人嶋崎が、次いで被控訴人松田が使用するようになつてからの他の区分建物所有者らによる自転車置場等の共用を完全排除して右吹き抜け部分を単独で占有しだした時期における本件一階吹き抜け部分上の設置物の状態は、いずれの時点でも当該部分だけでは独立の建物といえるものではなく、右設置物は南側と北側の従前マンション建物の外壁がなく南北に通り抜けができていたのを右南側と北側に木材で囲いを付けて壁状にして遮断し、右設置した北側の壁に出入口となる戸を付けた程度のものであり、その余の二つの側面、すなわち、右吹き抜け部分の東側面は宮町マンションの建物の西側外壁(その東内側に一〇三号室が位置する)であり、また右吹き抜け部分の西側面も同マンション建物の最西端外壁(同マンション建物最西端の右建物を支える基礎柱二本の間の側壁部分)であり、右両側面とも右マンション建物の外壁をそのまま利用している状態でしかなく、さらにその上部も同マンション二階の二〇三号室の床下部分を利用して板枠を取り付けた程度であることが認められるのである。そして、右マンション建物の外壁や床下部分は区分建物所有者の専有部分ではなく右区分建物所有者全員の共用部分であることは明らかである。そうすると、このような設置物をもつて所有権の対象となる独立した建物といえないことはもとより、一〇三号室に構造上附合した、したがつて一〇三号室と運命を共にするといつた意味で同室の構造物となつたものとみることもできない。

被控訴人らは、被控訴人伊藤は萬屋建設から一〇三号室のほかこれとともに本件一階吹き抜け部分をも買い受け、その所有権を取得したと主張し、これに沿う乙第一号証(被控訴人伊藤作成の陳述書)、乙第七号証(市河作成の陳述書)、甲第四号証(被控訴人伊藤と萬屋建設との間の一〇三号室の売買契約書)があるが、前示売買代金が一五〇万円という他の区分所有建物の各室に比して相当安価な売買価格であることや、さらには、原審における証人井上一夫(萬屋建設の担当者)の証言に照らして信用できるものではなく、他にこれを認めるに足る証拠はない。

2  以上によれば、一〇三号室の現区分建物所有者である被控訴人嶋崎及び占有者である同松田は宮町マンションの共用部分である本件一階吹き抜け部分をほしいままに使用・占有して、宮町マンションの使用に関し区分建物所有者の共同の利益に反する行為をしているものということができるから、法五七条により、区分建物所有者らに対し、被控訴人嶋崎は本件一階吹き抜け部分に設置したベニヤ・タル木製外壁を撤去する義務があり、また、被控訴人嶋崎及び同松田は右外壁の出入口部分に取り付けたアルミ製ガラス戸及びその下部に設置した基礎ブロック並びに本件一階吹き抜け部分内にある一切の物品を撤去して、同部分を明け渡す義務があり、控訴人田島の被控訴人松田及び同嶋崎に対する本訴請求は理由があるというべきである。

二  控訴人田島の被控訴人嶋崎及び同松田並びに同伊藤に対する損害賠償請求について

当裁判所も控訴人田島の右損害賠償請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は以下若干補足するほか、原判決理由の第三項(原判決一一枚目表五行目から同裏一行目まで)と同じであるからこれを引用する。

控訴人田島は、〈1〉被控訴人伊藤は共用部分である本件一階吹き抜け部分の南側及び北側にベニヤ・タル木製の外壁を設置して区分所有者らの右部分の共有持分権を侵害したことにより、区分所有者らは右外壁の撤去費用相当額五五万四三四六円の損害を被つた、〈2〉被控訴人嶋崎及び同松田は本件一階吹き抜け部分の右外壁の出入口部分にアルミ製ガラス戸を取り付け、右外壁の下部に基礎ブロックを設置して区分所有者らの右部分の共有持分権を侵害したことにより、区分所有者らは右基礎ブロック等の撤去費用相当額五三万五六〇〇円の損害を被つた、と主張する。

ところで、強制執行で必要な費用は債務者の負担とされ、その費用の額は申立てにより執行裁判所がこれを定めるとされている(民事執行法四二条参照)。そして、本件においては、前示一のとおり、被控訴人嶋崎に対し本件一階吹き抜け部分に設置した前記外壁を撤去すること、被控訴人嶋崎及び同松田に対し右外壁の下部に設置した基礎ブロック等を撤去することを命じるものであるから、同被控訴人らが任意に右外壁等を撤去しない場合、いわゆる代替執行により右撤去が行われることになり、その場合に要する撤去費用は執行費用として被控訴人嶋崎及び同松田の負担となるべきものである。そうすると、本件において控訴人田島が被控訴人らの前記行為により被つた損害として主張するところの撤去費用相当額は未だ損害として発生していないものといわざるを得ない。なお、控訴人田島の請求を将来発生する損害の賠償請求と解する余地があるとしても、本件では予め請求をなす必要があるとすべき事情を見いだすことができない。そして、本件において右撤去費用相当額の損害のほかには他に前記被控訴人らの行為によつて被つた損害費目について主張・立証はない。

以上みたところによれば、控訴人田島の本訴損害賠償請求は理由がないものといわざるを得ず、棄却するほかない。

三  よつて、原判決は相当であり、控訴人田島の控訴並びに被控訴人嶋崎同松田の控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし(なお、原判決主文第一項に引用する原判決別紙物件目録の「別紙第三図面」は一〇三号室の表示箇所に明らかな誤謬があるので「別紙図面」に差し替えにより訂正する。)、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 伊藤瑩子 裁判官 福島節男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例